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ダ・ヴィンチ、彫刻をディスる

世に天才は数あれど、世界的に名を知られるものは一部であろう。

レオナルド・ダ・ヴィンチは世界的に有名な偉人のうちだが、その知名度の割には彼個人についてよく知らないという人は多いのではないだろうか。
かくいう私もその一人で、モナリザの作者であるとか、ヘリコプターの設計図を書いたとかいう程度のことしか知らなかった。想像もできないほどの大天才で、心のどこかでは同じ人間のような気がしていなかったほどだが、先日立ち寄った古本屋で『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記』なる本を読んで少し認識を改めた。

ものごとの優劣を云々する程度には、彼は人間くさかったのだ。

絵画について論じた多くの手記の中で、彼は絵画とその他芸術との比較を試みている。詩、音楽、彫刻それぞれの特性を取り上げて論じるその中で、彼はどれと比較しても絵画が優っていると結論づけている。
詩との比較に於いては、絵画は視覚によって言葉や韻律よりも強く人の心に訴えかけ、かつ実在する一つの対象である点で優っているということを、自身の描いた絵を買っていった人が描かれていた女神にキスをするために絵から切り抜こうとしたという逸話を交えて論じている。
音楽については、音楽は絵画の姉妹と呼ぶべきだと語るまでに評価しているが、やはり形ある物として後世に残る絵画に軍配が上がるとしている。

彫刻はどうだろうか。どちらも形ある物を作りだし、どちらの作品も後世に長く残る。まさに詩や音楽と比して優れていると断じた点に於いて同じなのだが、ここでもダ・ヴィンチはやはり絵画が優ると断じている。

両者を分けるものは、彼が言うところの「知的研究」の差である。

彫刻が作る物は対象そのものであり、それが鑑賞される空間、空気、陰影は彫刻家のコントロールできるものではない。
これに対し、絵画は見える物全てを、空間そのものを描き出す。ものがどう見えるか、なぜそう見えるかの原因を理解し、それを芸術を以て通訳することこそが絵画だとダ・ヴィンチは説く(加えて、理論だった理解なしに対象を見たまま描くのはよろしくないとも説いている)。

画家は対象の見え方とその理屈をよく理解し、それに関わる無数の現象をキャンバスの上に描き出すが、彫刻にはこの「ありとあらゆる色彩とその縮小」をとらえることのないために、絵画に一歩を譲るのだと断じている。

もちろん彼自身彫刻の素人ではない。当時のミラノ公ルドヴィーコ・スフォルツァから騎馬像の制作を依頼されるほどには名の知れた彫刻家であった。スフォルツァ騎馬像と呼ばれるこの作品は残念ながら未完成に終わったが、20世紀になって発見された手稿やデッサンをもとに制作されたものが名古屋国際会議場の中庭に展示されている。

その上で彼はこう書いている。「私は「絵画」に劣らず「彫刻」に骨折り、どちらをも同じ程度に作るのであるが、両者いずれがより大きな天才と困難と完璧とを要するか、たいした非難もうけずに、宣告を与えることができるようにおもう。(中略)曰く、「絵画」の方が美しく空想にとみ内容豊富であるが、「彫刻は」もちがよいだけでほかに何の取柄もない、と。「彫刻」は余り苦労せずにあるがままのものを示す。「絵画」は触わることのできぬものを触われるように、平らなものを浮上っているように、近いものを遠いように思わせること、奇跡さながらである。実際、「絵画」は無限の思索で飾られているが、「彫刻」は思索を使用していないのである。」

面白いことにこれだけ深遠な絵画論を弁じて絵画の優位を説いているのに、“なぜ”他の諸芸術と比較しているのか、その理由についての言及はない。
詩は詩として、音楽は音楽でそれぞれ別個の楽しみ方で楽しむのなら特に優劣を論じる必要などないのではないか……と思うのだが、あえてそれを行ったからにはきっと何か理由があるのだろう。天才故の深謀遠慮か、はたまた憂き世のしがらみにからんでのことか、その背景は定かでない。しかしこの点にこそ、「天才」や「万能人」という呼び名からはうかがえない、レオナルド・ダ・ヴィンチという「個人」が透けて見えてくるのではないだろうかと、そう思うのである。

今回参照した『レオナルド・ダ・ヴィンチの手記 上』(岩波文庫刊 杉浦明平訳)にはこのほかに人生論、絵画論、文学論が収録されている。断片的な文章の中から深く広いダ・ヴィンチの世界が垣間見えるお得な一冊である。








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