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オートメーションと数値化が織りなす、アリアケジャパンの職人芸

 名のある刀鍛冶の弟子がある時、刀を打っている師匠がほんの少し目を離した隙を見て、熱され打たれた刀身を冷やすための水を入れてある容器に手を入れた。水の温度を調べるために行ったのだという。
 師の技を盗もうとしたその行いに気づいた師匠は弟子の腕を一刀の下に切り落とした。昔どこかで聞きかじった話で、たしか正宗ではなかったかと記憶しているが、ググってもそれらしい話が見当たらないので思い違いかもしれない。

 話の真偽はさておき、職人芸という言葉には、このようなことが実際に起こったとしてもおかしくないと思わせる凄味がある。 
 常人には不可能な技芸を持ち、それを誰にも知られず隠し通す。職人のこの二つの側面を再構成し、現代において活用している企業がある。職人といっても、厳密にそれは人ではない。

 人でない職人――とは妙な物言いになるが、アリアケジャパンが擁するものはまさにそう言って差し支えないのではないだろうか。

 1966年創業の同社は、外食産業や加工食品で使われる業務用の天然調味料を販売している会社である。天然調味料というとわかりにくいけれど、洋食や中華レストランで使われるソースやスープの素、身近な例ではチキンやビーフコンソメなどがそれにあたる。

 言ってしまえば地味なのだが、同社は過去十数年、日本が不況に喘ぐ中で着実に売り上げを伸ばし、2010年にはインフュージョン・ブイヨンという製品がフランスのレ・グレ・ドール賞を受賞するなど、掘り下げればけして無視できない企業だということがわかる。

 この背景には先述の“人でない職人”がいる。すなわち自社開発されたオートメーションの製造技術と、数値化された味のデータの活用を軸にした、アリアケジャパンの“システム”そのものである。

 同社が人の手を廃した完全自動化工場を目指したのは、1970年代にさかのぼる。それまでは工場で人間が調味料を作っていたのだが、労働環境が過酷で人がすぐに辞めていってしまった。

 人が定着しないと熟練工が現れず、低い技術を補うために労働者の人数が必要になり、コストが増大する。結果として労働環境の改善はなされず、どんどん人が辞めていく――という負のサイクルを解消するために、創業者であり現会長の岡田甲子男は人間を必要としない完全自動化工場の建設に踏み切った。

 莫大な投資の末、1978年には現在の九州第1工場となる小佐々工場を建設した。残念ながらこの段階では完全な自動化には至らなかったが、投資の甲斐あって設備面での改善は目を見張るものがあり、生産性を大きく向上させた。これに勇気づけられた同社はさらに投資を続け、1988年には第2工場が建設された。

 この第2工場こそ夢の完全自動化工場となった。製造の全行程をコンピュータ制御による完全な無人操作で行い、他の追随を許さぬ高い労働生産性を実現している。
 この工場の生産設備はほとんどが自社設計、自社開発となっており、外部に公開しないという原則になっている。これは調味料のレシピのみならず、生産設備もノウハウのうちであるという理念に基づく。この秘密主義はまさに職人のそれに近く、結果として競合他社が同じ設備を揃えてレベルの近い製品を作ることを防いでいる。

 同工場の敷地内にはR&Dセンターという研究所がある。ここでは食品の味を科学的に分析し、それを数値にして表すという、アリアケジャパンがいうところの”味の数値化”を研究している。
 同社はかつて九州のホテルレストランから名のあるシェフを顧問に迎え、そのシェフから指導を受けて商品開発の効率化と味の向上を目指していた。ところが、これに満足できなかったアリアケジャパンはさらなる効率化を目的に、食品の味を数字で表す研究へと踏みだした。
 今では、うまみ、甘味、酸味、苦み、そして塩味といった5つの味の要素を数値で表し、いかなる味でも再現できるシステムを開発している。2001年に狂牛病が問題になり牛エキスの受注が止まった際に、このシステムを使って鶏や豚などから牛エキスの味を再現したといえば、このシステムの有効性を説明するには十分だろう。

 徹底した技の秘匿と、人間に真似のできない技術の発揮。機械化や自動化によるイノベーションは職人を殺したのではない。システムそのものを職人たらしめ、さらに次元の高い職人芸を可能にしたのである。

 余談ながら、アリアケジャパン株を100株持っている株主なら株主総会に出席でき、その際に工場見学もできるそうな。交通費は自腹のようだが、それでも是非行きたいという人は行ってみるといいだろう。不用意に機械に手を伸ばしたりしなければ、きっと手を切り落とされることもないはずだし。






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